「常葉橘・庄司隼人投手」との5年半を東海地区担当PCユキオが振り返ったレポート vol.4

「決断」

終始微調整を繰り返すものの、結局修正しきれず・・・辛くも2−0で甲子園初勝利を挙げました。初甲子園でリズムを崩したにもかかわらず完封勝利・・・庄司投手の能力の高さには改めて驚かされました。

「下半身と上半身にいつものリンクがなく投げ急いでいる感覚だった。」と1回戦のピッチングを振り返った庄司投手。

しかも訪れた上達屋で本人が”スライダー”だと思って投げていたボールが、実は軌道の見やすい”カーブ”に似た変化球であることを指摘されます。

スライダーとは、進行方向と回転軸がほぼ同じになるジャイロ回転で飛ぶため、ボールが下降軌道(落ちてくる)に移った後に下から受ける空気抵抗によって滑るかのように動く球種です。

つまり、ボールの軌道が垂れるまでは「真っ直ぐそっくり」の飛び方に見えるため打者をだますことができるのです。ところが、カーブの場合は投手の指先を離れた直後から、空気抵抗の力を受け、巻き込むような放物線を描きなから飛んできます。つまり、ストレートの軌道からはみ出てふくらむ分「ストレートとは別の変化球」だと見破られる危険性があるのです。

もちろん、そういったカーブでもキレがよければ空振りや凡打が取れます。でも、庄司投手のこの小さいカーブは”スライダーのつもり”でストレートと思わせて打者の予測を裏切るために投げていたため、キレのないカーブでもスライダーでもない中途半端な”スラーブ”になってしまっていたのです。

「そうかあ。だからこのスライダーでボール球を振らせようとしてもバッターはスウィングしてくれなかったというわけか」

ここで彼は一つの決断を下します。「次の高知戦までは5日間ある。本物のスライダーを習得してみせる」

庄司投手の新たな挑戦がはじまりました。

上達屋スタッフに協力を仰ぎ【クオ・メソッド】+モーションチェック。早くも二日後には、バッター相手にこのボールを試し、これまで見たことのないようなストレートそっくりの軌道から突然横にスライドする高速スライダーで空振りを連発させるまでになっていました。

結局庄司投手は、たった5日間のうちに見事に新球種習得に成功し、136km/hの高速スライダーと147km/hの見えないストレートの2つの『魔球』を手に入れることになったのです。

さらに、好奇心旺盛な欲張り投手は「球速も上げたい」と要望し【かませ】の改良にとりかかります。 より良いものを追求し続ける心意気はプロという目標があるからこそ。最高の場所(甲子園)で就職活動をしたいという欲求がそうさせているのです。

魔球を試した高知戦

いよいよ魔球を試す時がやってきました。この試合。庄司投手はストレートと高速スライダーを交互に投げ分け打者を翻弄します。リズムの良さが攻撃陣にも好影響を与えたのか長短打で7点を奪い序盤で大量リードとなりました。7,8回にはシュート回転したストレートが相手打線に捕まりかけますが、味方の好守備にも助けられ7-6と厳しい試合をものにしました。

“アイツ”がいる、待ちに待った明豊戦

「試合の中で勝負を楽しむ」こう決めて挑んだ大一番。庄司投手は前半から苦しいピッチングを強いられながらも、最少失点で抑えます。4回、常葉橘の攻撃。マウンドには“アイツ”が立っています。打者・庄司は“アイツ”が投じた153 km/hのストレートを叩いてレフト前に2点タイムリー。中学時代から取組んでいるAゾーンと5角形で捉えたヒットでありました。

その後、互いに点を取り合い6-5常葉橘1点リードで9回表を迎えます。庄司投手は先頭打者に3塁打を打たれ、迎える打者は“アイツ”。待ち望んでいた最高の場面です。ここでベンチが一呼吸入れ伝令を送ります。

しかしマウンドの庄司投手は伝令に一喝

「こんなのピンチじゃねえ!!」

甲子園という最高の遊び場で最高の勝負ができる。野球の神様が用意してくれた、自分の力を試す最大の場面。投じた6球は全て145km/h以上のストレート。庄司投手と“アイツ”甲子園がふたりだけのものになった時間。

「全身の反射」「低く速く深いスピン」「何苦楚という反骨心」今まで準備してきたすべてのものをボールに込めて“アイツ”に投げ込む。スタンドの観衆、TVの前の野球ファン、誰が見てもわかりやすいシンプルな「喧嘩野球」この直球勝負に見ている者も楽しんだ。“アイツ”は庄司投手の146km/hを逆方向に弾き返した。打たれた後の庄司投手はさわやかな笑顔。「悔しいながらも、充実感でいっぱい」私の目にはそう映りました。